撮影:石川奈都子  取材・文:郡 麻江

2020.01.27

わたしと漢方

【後編】畑に行って原料を収穫するところからが植物染めの始まり。染めの仕事というのは、自然の命を摘んで、その命を染め出す仕事だと思います。

吉岡更紗 「染司よしおか」六代目・染織家

自然界の中の植物を使って、染め、織りの制作をしている吉岡更紗さん。伝統的な植物染めや日本の伝統色の研究者として広く知られる「染司よしおか」の五代当主、故・吉岡幸雄氏の三女。六代目として「染司よしおか」と共に伝統的な植物染めの技を受け継ぎ、新たな創作にも挑む更紗さん。
Part1では、馴染みのある漢方薬について、また植物染めの原料が漢方薬の生薬とリンクしていることなどをお話しいただきました。Part2では、実際のお仕事について、その難しさと楽しさ、そして体のケアで気をつけていることなどについて伺いました。

part2

農家さんに感謝しつつ、
自然の恵みをいただく仕事

Part1で、植物染めは植物の命をもらってできる仕事だというお話をしましたが、私たちの仕事はその植物を収穫するところから始まります。
例えば、毎年7⽉には伊賀上野の⽅へ紅花を摘みに⾏きます。暑い時期の収穫ですが、収穫した紅花は乾かして、冬に染めます。寒の紅染めといって、冬場、寒くなるほど紅の色が冴えて、とても綺麗に染まるんです。
藍は7月の中旬から9月まで収穫して、その後、生葉で染めたり、発酵させたりします。紫根は大分の農家さんに育てて頂いています。
こうしてみると、私たちの仕事って、農業に直結しているんですよね。不作だと聞くと、本当に心配になりますが、自然の摂理とともに日々を生きていると実感します。昔、勤めていたアパレルの世界とは全く違いますね。

この仕事をしていて、更紗さんの好きな色は?とよく聞かれるのですが、今、緑が好きですね。緑は季節ごとに多彩に変化する色です。5月ぐらいは黄緑がかった新緑、夏になるにつれだんだん深い緑になってきて、秋にかけては紅葉して…。特に緑から少し紅葉しかけた微妙な色彩が好きですね。
緑を染める染料は、基本的に藍と、カリヤスやキハダなどの黄色を重ねて染め出していきます。青緑から黄緑の幅を色の配合で表現していきます。
電車に乗っていても、東山の緑の様子が気になって、ああ、緑が深くなってきたなあとか、携帯より緑を見ていることが多いですね。
美しい緑の景色を見たら、この緑を出したいと思います。山の緑ってよく見ると決して一色ではないんですよ。常緑樹と落葉樹でも緑の色合いが異なります。
工房の庭の掃き掃除もよくするんですが、落ち葉の色の変化がよくわかって楽しいですね。こうやって自然を感じることが、自分の創作にとてもいい刺激になっていると思います。

代々受け継がれてきた仕事を
まずはしっかりとやっていくこと

「染司よしおか」の仕事の中で、根幹となる大切な仕事があります。東大寺さん、薬師寺さん、石清水八幡宮さんの行事に造り花を奉納する仕事で、この3つのお仕事は必ず毎年させていただいています。
東大寺の修二会、「お水取り」の時にお供えする造り花の椿、薬師寺の「花会式」のための造り花、そして、石清水八幡宮の平安時代から続く祭礼「石清水祭」に奉納する12ヶ月の造り花。お寺さんや神社さんにとっても、また参詣される方にとっても、非常に大切な行事です。祭事のための造り花の納期を遅らせるなどということは絶対にあってはなりません。納品日から逆算してのスケジュールの組み立て、日々の作業の進行など、無事に奉納し終わるまで、本当に気を抜けません。
たとえば、東大寺にお納めする椿ですが、染司としてのクオリティをまずきちんと守ることを大切にしています。「いつものあの美しい紅色」を今年もちゃんと染め出せるか。これは何年やっていても、緊張します。
去年より今年、今年より来年と、質はいつも上を目指したい。その気持ちはずっと持ち続けたいですね。

祖父や父が大切にしてきた伝統的な仕事や、研究して残してくれた美しい色たち、古典の色、源氏物語に見る襲の美意識など、それらの染色技法をしっかりと守りつつ、どうやって現代の暮らしに生かしていくのか。それが私のこれからの課題です。まだまだ模索中ですが、様々な提案をずっと続けていきたいですね。代々受け継がれてきた伝統の仕事をまずしっかりと遂行して、その上で、インスタレーションなどの新しいお仕事に取り組んでいこうと思っています。

漢方薬で上手に手当をして
気持ちよくこの仕事を続けていきたい

今は職業病というか腰痛が悩みの種です。どうしても屈み仕事が多いですし、重いものを持ち上げたり運んだりをしょっちゅうしているので…。
ですから接骨院に行って体のメンテナンスすることは欠かせません。私が通っているところには、インナーマッスルを鍛える指導をしてくれるので、週に一度のペースでお世話になっています。体幹を鍛えることによって更に強靭な身体を作ることを目指しています。
また、葛根湯を服用すると、肩こりや頭痛にも効果があると聞いたので、お湯で飲んでいます。

食事は特に意識しているわけではないのですが、お野菜をよくいただきます。野菜は遠くから運ばれたものより、ほとんど地元のものを食べています。
紅花の赤色を生み出す際に、稲藁からとった灰汁を使うのですが、その藁もご近所の無農薬栽培をしている農家さんから頂きます。藁をもらいに行くと、自分の畑の無農薬の野菜もくださるので、自然に地元の産物をたくさん食べることになるんですね。

工房での染めの仕事に店舗の運営、さまざまなプロジェクトや講演など、体がいくつあっても足りないというのが本音です。休みも思うように取れていません。でも、収穫から関わった原料を煮出して、何度も染めて、本当に綺麗な色に染め上がった時の喜びは、何ものにも変えがたいですね。
漢方薬とうまく付き合いながら、睡眠をちゃんととって、ご飯もきちんと食べて、好きなお酒はほどほどにして(笑)。未病のうちに手当をして、これからも元気に、気持ちよく、この仕事をしていきたいと思っています。

吉岡更紗/よしおか さらさ

アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織を学ぶ。2008年より生家である「染司よしおか」で製作を行っている。「染司よしおか」は京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿などの素材を、紫根、紅花、茜、藍、刈安など、すべて自然界に存在する染料で染色をしている。奈良東大寺修二会など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手掛ける。

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