撮影:石川奈都子  取材・文:郡 麻江

2020.01.14

わたしと漢方

【前編】自然の力で布を染める。自然の力で体を整える。自然の力を最大限に生かすことは植物染めも漢方もまったく同じことだと感じています。

吉岡更紗 「染司よしおか」六代目・染織家

自然界の中の植物を使って、染め、織りの制作をしている吉岡更紗さん。
伝統的な植物染めや日本の伝統色の研究者として広く知られる「染司よしおか」の五代当主、故・吉岡幸雄氏の三女。六代目として「染司よしおか」と共に伝統的な植物染めの技を受け継ぎ、新たな創作にも挑む更紗さん。美しい色彩を織り成す植物染めですが、実際の仕事はかなりの重労働です。多忙な日々の中で、自身の体の声に耳を傾けながら、仕事と暮らしをどのように両立させているか、工夫されていることをお話いただきました。

part1

小さい頃から馴染みのある漢方で
夏の体調不良をケア

私は小さい頃から漢方薬には馴染みがあるんです。今も自分の体のメンテナンスに、漢方薬は欠かせません。この仕事は体力勝負のところがありますし、疲れると風邪をひきやすくなるので、怪しいなと思ったら葛根湯か、麻黄湯のどちらかをすぐ飲みます。だるくなったら葛根湯、熱が上がったら⿇⻩湯の様に飲み分けています。

うちの家が染屋ですから、生薬に理解があったというか…。植物染めの染料って漢方薬の生薬とかぶるものが多いので、家族も皆、あれこれ漢方薬を飲んでいたと思いますし、常備薬のように漢方薬がいつも家にありました。

大きな病気もせず、基本的に元気なのですが、この夏は、少し体調を崩しかけました。
代謝が良すぎるせいもあると思いますが、のぼせやすくて。「気」が上がると言うのでしょうか、のぼせとほてりがあるのに、お腹が冷たいという時期があって、この時は桂枝茯苓丸でケアしました。
夏場は、工房の中の暑さは半端ないので、一人一台扇風機をかけて、なんとか暑さをしのいでいます。
先日、漢方薬局を営む友人に、漢方との付き合い方を色々とレクチャーをしてもらったので、来年の夏も安心して迎えられそうです。

天然の染料にも通じる
自然の力の素晴らしさ

植物染めは自然界に存在する植物を天然の染料として使いますが、漢方の生薬と同じ植物も多いんです。例えば槐(えんじゅ)とか、紅花、紫根、黄柏(きはだ)、蓼藍、檳榔子(びんろうじ)とか…。烏梅(うばい)と呼ばれる梅の燻製で、紅花の色の定着に使うものがあるんですが、これは天然のクエン酸で、漢方にも使われていると思います。使い慣れている素材が漢方薬に使われていると、なんだかホッとしますね。

それぞれどんな色を生み出すかというと、紅花は赤、紫根は紫、黄柏は黄色、丁子はベージュ、私もよく飲む漢方薬の生薬に使われている桂皮は、茶色に染める時に使います。
古代、染めというのは、装飾の意味もありましたが、体を守る、命を守るという意味もありました。薬効と信仰と両方あったと思うのですが、例えば赤は辟邪(へきじゃ)といって、邪悪なものを寄せ付けない色とされて、古くから尊ばれてきました。女性の着物の裏地の赤は、紅花で染めた赤だったり。赤ちゃんのおくるみを、筒描きと呼ばれる亀や鶴などの模様に防染した藍染めの生地で作るのですが、顔にあたる一角だけ紅花の布にしたものなどがあります。紅花には殺菌の効果もあるので、それで赤ちゃんの目やにを拭いていたといわれています。昔の人の深い知恵を感じます。

紅花は、昔は口紅にも使われていたのですが、唇のしわを取るとか、塗ることによって血行をよくするといった意味もあったようですね。私たち女性の場合、疲れた時に明るい色の口紅を塗ると、パッと血色が良くなって気持ちもアップすることがありますが、色の力ってやはりすごいなあと思いますね。

植物の命をもらって生まれる色彩に
自然の大いなる力を感じる

私は植物染めの仕事を始める前は、アパレル関係の仕事をしていました。商業ビルの建物の中に丸一日いる生活を6年ぐらいしていましたが、あの頃は、1日中、空も太陽も見ていないという暮らしでした。当時はすごく風邪をひきやすかったのですが、日光にも当たらず、外気にも触れず、体のバランスが悪かったのかもしれません。

今の仕事を始めて12年目になりますが、あまり風邪をひかなくなりました。冬は寒く、夏は暑いし、とてもハードなのに…。環境に鍛えられたというのもあるかもしれませんが、ここの工房のように周りに木々があって、
風が通って、草花が生えていて、身近に土がある生活がきっと体にいいのでしょうね。

私の仕事は、この工房でスタッフと共にこつこつ染める作業もあれば、大きなプロジェクトもあったりで、いろいろなプレッシャーや問題も抱えています。毎年、寺社さんにお納めしている伝統行事のための仕事などは、お納めする日が決まっているので、作業をするスケジュールにも心を配ります。
植物染めはロングスパンな仕事がほとんどです。染めの作業自体が気候によって工程の変化があったり、今年も原料がちゃんと入手できるだろうかとか、読めるようで読めないことが多いです。今日明日で徹夜すれば間に合うという仕事ではないので、長い工程作業を見渡して、段取りをして、同時進行をしていくものや、優先順位をつけるものなど、スケジュール管理と組み立てが大切です。その一方で作品づくりというクリエイティブな仕事もありますから、気持ちの切り替えも上手にしないといけないです。
仕事が立て込んで、ちょっと疲れているなあというときは、まず、寝ます(笑)。それからお酒も好きなので気の合う友達と美味しいお酒とごはんを食べにいったり…。楽しく飲んで、ストレスや疲れを解消しています。

忙しい忙しいと言いながら元気でいられるのは、やはり日々、植物や生薬を触っているおかげかもしれません。匂いとか蒸気とか呼吸器や毛穴から植物の良い成分を取り入れているように思います。
染料はそれぞれ特徴のある香りを持っているので、朝の工房は様々な香りが漂っています。それがとてもいいアロマ効果になっているんだと思います。
植物のエネルギーを受け止めながら色を生み出す仕事そのものが健康法になっているのかもしれませんね。
植物染めという重労働でハードな仕事をなんとかこなせているのも、きっと植物の力のおかげだと思っています。

吉岡更紗/よしおか さらさ

アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織を学ぶ。2008年より生家である「染司よしおか」で製作を行っている。「染司よしおか」は京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿などの素材を、紫根、紅花、茜、藍、刈安など、すべて自然界に存在する染料で染色をしている。奈良東大寺修二会など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手掛ける。

最新記事