撮影:石川奈都子  取材・文:郡 麻江

2021.07.01

わたしと漢方

「Antique for the future」。 大好きなうつわたちが、愛されて、大切に未来へと残されていくこと。 その思いが私の元気の源になっていると思います。

梶 裕子 「うつわや あ花音」店主

南禅寺参道で、人々の心を捉える魅力的なうつわの店を営む梶裕子さん。現代作家の作品を広く取り扱い、その優れた感性を生かして、うつわで彩る家庭の食卓から、現代の暮らしに即した茶道具、旅館客室のアート監修まで幅広いジャンルで活躍しています。茶道は裏千家直門、また冷泉家和歌会において和歌を学び、和の文化への造詣も非常に深い梶さんは、年に6〜7回もの企画展を抱えながら、多忙な日々を元気に過ごしています。暮らしに仕事にいつも喜びを見出して、若々しく生き生きと活動する梶さんに、若さと健康を保つ秘訣を伺いました。

幼子を育てながらも、夫に背中を押してもらい、南禅寺参道でうつわ店をオープン。
暮らしの中で生き生きと輝くうつわの楽しさを提案。

私が「うつわや あ花音」をスタートしたのは、平成2(1990)年のことです。長男が1歳で、長女がお腹にいる時でした。ご縁があって南禅寺参道でお店を開いたのですが、乳飲み子を抱えて、ほんまに大丈夫?という状況でした(笑)。主人(梶古美術 七代目店主・梶高明氏)も父もB型で私はAB型、「何事もやってみよう」とあまり深く迷うことなく、一歩を踏み出すことができました。京都の古美術のお店って、少し入りにくいような感じがありませんか?敷居の高いお店ではなくて、入りやすいような雰囲気のお店を、主人とも父とも違う私の感性でいつかやれたらいいなあと漠然と思っていたんです。ただ、結婚もして子供も生まれていましたし、そんなことはもっと遠い先の事と思っていました。それがこのタイミングで巡りあったご縁に「じゃあ、やりましょう!」ということになったんです。

「うつわや あ花音」という店名にしたのは、お話をいただいたのが、南禅寺界隈が茜色に染まる紅葉の頃だったので、あ、あかねやなあとまず、思ったんですね。うつわを通して暮らしに「花」を添え、会話の「音色」を楽しんで欲しいという想いを込めて、この店名にしました。生まれ育った梶古美術の方は古美術を扱っていますが、私の店は現代作家さんの作品を主に扱っています。開店当時からのお付き合いの作家さんもたくさんおられますし、また新たに出会った作家さんもおられます。

「うつわや あ花音」では食卓のうつわから、暮らしに潤いを与えてくれる小さなオブジェやお茶道具まで、「こういうものがほしい。私が使いたい」と感じるものが、セレクトの基準になっています。開店以来、年に6回ほど、個展や企画展をしています。あ花音を劇場と見立てて、作家さんが役者としてそれぞれの個性で演じる「あ花音劇場」、飯碗や湯呑といった食卓の基本となるアイテムをテーマとし、美味しい食卓を彩る「よろしゅうおあがり」、店内いっぱいに、50名前後の作家さんのぐい呑みがずらりと並ぶ「百趣百盃」など、私自身も楽しんで企画をさせていただいています。2年に1回開催する茶箱展も「あ花音劇場」のひとつです。茶箱の中にいろんな作家さんの個性が集うさまは楽しくて仕方ありません。いろいろな企画展がきっかけで、作家さんとの出会いも広がっていきました。この仕事は、ほんとうに人と人のつながりによって支えられている仕事だなと思います。

年に6〜7回、オリジナルの企画展をプロデュース。
多忙な日々の健康の秘訣は、質の良い睡眠。

「うつわや あ花音」では2ヶ月に1度の割合で企画展をやっています。企画段階から全て取り仕切っているので、いつもいくつか同時進行で企画が動いていて、ほっと休まる時がなかなかないんです。頭の中が“ウニ状態”になることもあります。そんな毎日での私の健康法といえばよく寝ること、に尽きますね(笑)。最近は次男からもらったお下がりのウエアラブルウオッチをつけているのですが、これがなかなかの優れものです。心拍とか、血圧とか、睡眠時間などをチェックしてくれるんですが、睡眠の質もチェックしてくれるんですね。私、なかなか成績優秀で、いつも90何点の高得点が出るんですよ。睡眠にはレムとノンレムがありますよね。深い眠りと浅い眠りがどの程度の割合か?もわかるし、就寝中の覚醒時間なども出ます。そんなに長く寝ているわけではないのですが、5時間近く、深い眠りだったこともあって、質がとても良いようですね。

質の良い睡眠のために特別何かをしているわけではないのですが、寝る前にお風呂にゆっくり入ります。夜は11時過ぎには寝るので、10時ぐらいに入りますね。お風呂は熱めのお湯が好きです。入浴剤好きな次男は大学時代に別府にいたのですが、その関係で別府温泉の湯の花の入浴剤がお気に入りです。人工的な香りの入浴剤は、肌が痒くなったりするので、できるだけ自然素材のものを選ぶようにしています。お風呂に入った後は、基本、何もしません。Instagramを少しチェックしたり、必要なメールの返信をしたりはしますけれど、基本的に、お風呂上がりから寝るまでの間は、ゆっくりリラックスして過ごすようにしています。

記憶を辿っても入院したのは三度のお産と、骨折が1回ぐらいですね。でも小さい頃は体が弱かったんですよ。成長とともに、だんだん強くなっていったんだと思います。更年期も世間でよく言われるような、ホットフラッシュやプチうつなどはなくて、とくにしんどい症状はなかったですね。貧血がひどく階段が登れない時期があって、調べたら小さい子宮筋腫がありました。それも閉経してしまえばすぐに大丈夫になりました。

私、忙しくなると時々、ため息をつくようなんです。そういう時に、「なんでため息つくの?怒っているの?」と次男によくチェックされます。「あ、今、私結構イライラしてるんだな」と気づくんです。特に展覧会が迫ってきたり、企画が立て込んだりしてくると、よくため息をつくみたいですね。面白くて大好きな仕事ですが、やはりなにかとストレスがあるのでしょう。仕事とプライベートとオンオフの切り替えがあまりなく、頭の中には常にいくつかのことが動いている状態なんです。この企画展が終わったら、もう次の作品展が始まっている…。作家さんとの打ち合わせはもちろん、案内状の撮影をしたり、デザイナーさんと打ち合わせをしたり、ある意味、いつも追いかけられていますね。ほんとうはもっと遠い目標、何十年後に何をしていたいというロングタームな計画をしっかり立てて、動いて行けるといいんでしょうけれども、どうしても数年後の計画とか、近未来のことに時間も体も取られてしまいますね。

お菓子とうつわ、源氏物語をテーマに、夢だった著書を上梓。
一冊の本を起点に広がっていく人とうつわと仕事の輪。

今までの集大成の一つとして、昨年、「御菓子司 聚洸の源氏物語」(光村推古書院)という本を出版しました。昨年、「うつわや あ花音」が開業30周年を迎えたということもあり、この本を世に出すことは、私にとって大切な節目になったと思います。2014年から月に一度先生をお招きして梶古美術の二階で源氏物語講読会を主宰し開催しておりました。出席者の皆さんに毎回お呈茶をさせていただくのですが、その日講読する帖に合わせて、聚洸さんとオリジナルのお菓子を考えて作り、「うつわや あ花音」と「梶古美術」のうつわにしつらえて、ご用意させていただくんです。とても楽しく学びを深めさせていただきました。その六年半の間にコーディネートさせていただいた、お菓子とうつわと源氏物語の世界を一冊の本に収めることができました。

一冊の本からまたご縁が広がります。まず、10月に東京の護国寺さんで、この本と器と屏風と、それに新たに入手した源氏物語の写本をコラボレートさせて、お茶会と展覧会を催す予定です。その後は、紫式部が源氏物語の着想を得たとされる滋賀県の石山寺さんでも展覧会の企画が生まれようとしています。さらに、この4月からは「伊勢物語」の講座を主宰し読み始めています。また追いかけられるような暮らしにどっぷりとなりそうですね。時々、寝る前に変体仮名で書かれた伊勢物語の和歌カルタを読み下すのですが、その時は熱が入ってなかなか寝付けません。(笑)

体調のことにお話を戻すと不思議なことにこの講座の主宰を六年間、続けてきた間、風邪一つ引かなかったんです。あ、風邪を引きかけたかなとか、疲れたなと思ったときは、ニュージーランドの友人からいただいたマヌカハニーをちょっとなめると、体調が戻るんです。でも、主人も私もそれなりに良い年齢になってきましたので、健康に留意して、アンチエイジングも考えていきたいなあと思っています。漢方薬にも興味があって、八味地黄丸(はちみじおうがん)のことをお聞きしたのですが、漢方薬も飲んでみたいと思っています。漢方薬は自然の生薬からできていることにも興味がありますし、漢方で体をケアしていくことはとてもいいと思います。

オンライン授業やリモート会議が進み、うつわをネットで買う方も増えています。本や雑誌も紙からウェブへと趣向や価値観も変わっていく。それでも日々の暮らしを楽しむことや健康を願う心は、千年の昔からなにも変わらないと思います。立ち止まって、いろいろなことを見つめ直す良い機会ではないかと思います。私の名刺の裏には「Antique for the future」と書いているのですよ。古美術の店に生まれ、家業を継ぐよう育てられてきましたが、私なりの答えというか「うつわや あ花音」に並ぶ現代の作品が愛され、大切にされて、未来に残っていけばいいなと願っています。健康に気をつけて、無理をせず、物ごとを前向きに捉えて、これからの日々を丁寧に生きていきたいと思います。

梶 裕子/かじ ひろこ

京都女子大学文学部国文学科卒業。裏千家直門。茶名は梶宗裕。冷泉家和歌会において和歌を学ぶ。1990年、南禅寺参道に「うつわや あ花音」を開店。現代作家の作品を扱い、家庭の食卓だけでなく、世界へ現代の用の美を提案。旅館客室アートの監修も手がける。令和2年、「御菓子司 聚洸の源氏物語」(光村推古書院)を上梓。夫は梶古美術店主・七代目 梶高明氏。

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