撮影:石川奈都子  取材・文:郡 麻江

2021.05.10

わたしと漢方

食は命に直結するもの。日々、健やかな食事を重ねることで、 健やかで穏やかな暮らしを楽しむことができるのだと思います。

山上公実 「キッチンみのり」主宰・料理家

【前編】実家が京都・三条会商店街で鮮魚・乾物店を営む料理家の山上公実さんは、飲食店で勤務していた頃から、調理だけでなくレシピ開発などにも携わってきました。母から習った乾物や魚を使った家庭料理をアレンジしたアイデアレシピを教えてほしいという友人のリクエストがきっかけとなり、知人のカフェなどでワークショップや料理教室を開催するように。それが評判を呼び、その後、自宅の町家で料理教室を主宰し、多くのファンを得て、現在に至っています。「日々のご飯を美味しく楽しく健康的に」がモットー。旬の食材や乾物を使った料理を中心に、京都のおばんざいをはじめ、自身が学んだ薬膳の知恵を取り入れた作りやすい家庭料理を提案する山上さんに、 健やかな食や暮らしについてお話を伺いました。

仕事優先で、自分の体を後回しに。
体は正直に反応して、徐々に体調不良に。

薬膳に興味を持ったのは、飲食店で調理師として働いている時のことです。お店の料理を任されるようになって、毎日のレシピを考えたり、それはそれでとても充実していて楽しかったのですが、ラストの方は相当、忙しくなってきていました。やっぱり、人には美味しくて、体に良いものを食べて欲しいじゃないですか。だから頑張っていたのですが、振り返ると、自分の体に知らず知らずのうちに負担をかけていたんですね。飲食店でありがちなのが、食事の時間に自分たちは食事を取れないということ。夜、片づけを済ませて、ご飯を食べてすぐ寝るということも多く、自分の体にあまり意識を向けられていなかったんです。もともと食には気を使っていた方なんですが、ストレスのせいか夜にすごく食べたくなって、チョコレートやクッキーをたくさん食べてしまったり…。そんなことを続けていたら、やはり体は正直で、便秘になったり、生理がもともと重い方だったんですが、生理痛がどんどんひどくなってきたんです。7~8年前のことですね。

さすがに、これはちょっとおかしいなと思って病院に行ったら、子宮内膜症を指摘されたんです。そのあたりから、自分の体にもっと目を向けていかなくちゃ、いったい何が自分の体の中で起こっているのかをきちん知りたいと思うようになりました。そこから東洋医学に興味を持つようになって、知り合いで鍼灸師の人がいらっしゃったので、そこに行って鍼を受けてみたり、養生のためのお料理を教える料理教室に通ってみたりしました。その中で、初めて行った国際薬膳学院というスクールで薬膳を学ぶようになったんです。学ぶうちに、体についていろいろなことがわかるようになってきました。

あの時の便秘は、こういう食生活や生活習慣が原因だったんだなとか、その頃、冬の時期に空咳が止まらなくなった時があって、それも体が潤い不足で肺にトラブルが起こっていたのだなとか、体に起こっているいろいろなことが、自分が学んだことときちんとリンクしていて、これは面白い!と思いました。それで、もう一度原点に戻って食から体を整えることにして、昔はそうしていたように、バランスのよい食事を意識しました。食事時間にも気をつけるようになりましたし、夜寝るのも不規則でしたが、できるだけ早く寝るとか、できることから少しずつ、生活を改善していきました。そうすると、やはり体は正直に応えてくれるもので、少しずつですが体調も戻ってきました。

薬膳と出会って、自分の体の立て直しを。
その体験と知識をもとに「季節の養生ごはん」を教えるように。

薬膳を知って、やはり「食べることは生活の基本であり、私たちの命に直結すること」ということを再認識し、薬膳の知恵を日々の料理に取り入れるようになりました。教室のレシピもその考えを取り入れて、「季節の養生ごはん」というシリーズも季節ごとに開いています。

以前は、疲れるとよく口内炎になっていたのですが、漢方的に見ると、強いストレスを感じたり、「脾」(消化吸収系統)を弱める冷たい飲みものや食べもの、甘いもの、刺激物、味の濃すぎるものを取り過ぎると、口内炎になやすいことがわかって、そうならないように気をつけています。仕事が立て込んで疲れてしまい、体調が不調な時は、例えば、のどが乾燥したなと思ったら、季節に仕込んでおいたかりんのはちみつ漬けをお湯で割って飲んだり、梨を食べたり、かぶ、大根、白ごま、レンコンなどを料理に取り入れます。これらは肺を潤す働きがある食物なんです。他にも、風邪のひき始めでゾクゾクする時は生姜、ねぎ、ニラなどを味噌汁や料理に加えたり、手足が冷えるなと思ったら、シナモン紅茶になつめを浮かべて飲んだりして、その時その時の体調に合わせて、いろいろなものを適宜、取るようにしています。あとは、できるだけ良質の調味料や塩を使ったり、味噌や漬物などの発酵食や緑黄色野菜、キノコ類、海藻などを普段から取り入れて、バランスの良い食事を心がけています。薬膳を意識し始めてから、体調の変化に敏感になりましたが、食事の中で早めの「手当て」をすることで、病気になる前の予防につながっていくと思っています。

薬膳は、「気」「血」「水」などの漢方の考えを基本に、体質や季節に合わせて食材を選んで作る料理ですが、たとえば、5月頃のこの時期におすすめなのは「血を増やして巡りを良くする食材」です。4月に入学や入社など、新たなスタートを切る人が多いと思うのですが、ちょうどこの5月ごろに疲れが出てきやすくなります。最初の緊張やストレスがひと月ほど続いて、心身ともに疲れが溜まってくるんですね。5月病などといわれますが、なんだかうつうつする、ネガティブな思考になる、やる気が出ない、なかなか寝付けずに夢を多くみる…、この時期、そんな状態になる人は少なくないと思います。このような症状は、「血」が少なくなって、巡りが悪くなっているサインと読み解くことができるんです。薬膳では「血」を補ってくれるものの一つとして、赤い食材や黒い食材が良いといわれています。赤い食材とは、赤身の肉、カツオやマグロ、いちご、トマト、クコの実、人参など、黒い食材とは、黒きくらげ、黒ごま、黒豆などです。他にもイカほうれん草、うなぎ、アーモンドなどもおすすめです。また、「気」の巡りにはセリや三つ葉、クレソン、セロリなどのセリ科の食材がおすすめです。

「季節の養生ごはん」の教室では、こんなふうに薬膳のお話をいろいろしながら季節や体質、体調に合った食材を組み合わせて、レシピを提案しています。レシピを考える時は、繰り返し家でも作ってもらえるような料理を心がけています。できるだけ近所のスーパーなどで手に入りやすい食材や使い慣れた調味料など、特別なものでなく、身近な食材でできるレシピをベースにしています。また、実家が鮮魚・乾物店なので、新鮮な魚や乾物を使ったり、日本の伝統保存食である味噌や梅干しなどを生徒さんと作ったりして、体を整えるもの、そして次世代に繋いでいきたい食を、みんなで一緒に作るということを大切にしています。

結婚で暮らしのリズムに変化が…。
なんでも話し合い、二人で暮らす楽しさを満喫。

2年前に結婚しまして、生活リズムもいろいろと変化が出てきました。夫が出社するので朝は6時ごろに起きて、朝食とお弁当を作ります。一人の時より少し早く起きるようになったので、夜もできるだけ早く寝るようにしています。その分、週末の朝はゆっくり起きて、疲れを取るようにしています。二人とも食べることが大好きなので、一緒にゆっくり喋りながら夕食を取るのが毎日の楽しみですね。休みの日は二人で運動がてら歩くようにしています。京都は名所も多いので、歩くだけでもいろいろ見どころがあって楽しいですね。

健康、健康とあまりストイックになるとかえってストレスになるので、たまには楽しい食事で美味しいものをちょっと食べすぎてしまう日があってもいいと思っています。食べ過ぎた日は、次の日を軽めの食にして胃を休めるなど、アフターの手当てを意識して、フォローするようにしています。あとは体が冷えないように、食事や着るものにも気を付けて、夜は暖かいお風呂にゆっくり入り、その日の疲れを取るようにしています。

私は長女気質で、ついがんばりすぎる傾向が昔からあるので、頑張りすぎないことも大事。夫婦でいろいろなことを話したり、相談したりできるので、それもストレス解消になっていますね。家族との時間ってとても大切だなあと改めて思います。もともと植物が好きで、色々なハーブを若いころから育てて来ました。料理教室を始めてからは、さらに種類も増えて、料理やお茶によく使っているんですよ。時々、教室の生徒さんにお土産に持って帰ってもらったりもしています。庭仕事で土に触れるのも、心がとても穏やかになりますね。

体調を崩したことで、自己管理の大切さを痛感して、そこからもう一度食を見つめなおし、暮らしのリズムを整えるようになりました。
薬膳と出会えたことも本当に大きかったです。これからも頑張りすぎず、自分のペースを大切にしながら、料理教室やワークショップを楽しみながら続けていきたいです。

―次回Part2では、山上さんと漢方の出会いについてお話しをしていただきます。

山上公実/やまがみひろみ

実家は、京都・三条会商店街で鮮魚・乾物店を営む。家庭料理教室や季節の仕込み事、講習会などを開催する「キッチンみのり」を主宰。おばんざいや薬膳の知恵をプラスした、飽きのこない味わいのレシピを提案している。漢方薬膳スタイリスト(日本漢方養生学協会)、和学薬膳Ⓡ博士(国際薬膳学院 和学薬膳Ⓡ協会)、調理師の資格を持つ

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