撮影:石川奈都子  取材・文:郡 麻江

2020.12.28

わたしと漢方

【後編】たとえば美しい器で美味しいお茶をいただくと、ふと気持ちが軽く、晴れやかになります。そういう体験の積み重ねが、人の心を深いところで癒しますし、これからの時代にとても大切なことになるのではないかなと思っています。

細尾多英子 「HOSOO」コミュニケーションディレクター

人が手塩にかけてつくった工芸品には
人の心を揺り動かす強い力がある。

前回、私が漢方好きということをお話ししましたが、じつは、夫も漢方薬をよく飲んでいるんです。黄連解毒湯が体によく合っているようですね。体を適宜、冷やすというか、上がりすぎた熱を下げるような働きがあるそうです。彼の方が漢方を頼りにしているようで、ストックがなくなりそうになると、焦ってしまうみたいです(笑)。

夫婦二人とも、大きく体調を崩すということではなく、疲れがなかなか取れないといった時期がたまにあるんです。あ、疲れているなと思ったら、薬膳鍋を食べたり、漢方薬を飲んだり、できるだけ早くケアするように注意しています。薬膳鍋は、その時々で、今日は唐辛子とか山椒をたっぷり使って少し辛めに仕上げようとか、味を変えています。体が冷えているから生姜をたくさん入れようとか、体が欲する味があるようで、そういうタイミングに上手に合わせたレシピで食べると、いつも以上に美味しく感じますね。クコやナツメ、八角などもよく使いますが、これらは漢方の生薬にも使われているので、食べることでも漢方的な養生ができているように思います。

京都のものづくりの精神を生かし、西陣織の素晴らしさを多くの方に体験してほしい。

現在、広報の仕事以外に、西陣織を使った家具などの制作にも取り組んでいます。「HOSOO」では現在、テキスタイルのコレクションが170種類ぐらいあるんですが、そのテキスタイルを暮らしの中の様々なシーンで使っていただけるような、例えばテーブル周りとか、器とか、家具などのホームプロダクトですね。西陣織の魅力を、着物を着ることだけでなく、機能性と美しさを兼ね備えたモノとして楽しんでいただくことを目指して、奮闘中です。

西陣織は1200年の歴史があるのですが、この長い歴史の中で、いろいろなことを乗り越えて今に伝わっているのだと思います。伝統は変革の連続だということをよく聞きますが、まさしく、今、私たちが取り組んでいることも同じ。新型コロナで、閉塞感を感じたり、気分が落ち込む時にこそ、西陣織のように美しいものを新しく展開して、皆さんに見て、触れていただくことはとても大切ではないかと考えています。

工芸品には人の心に訴えかけるような不思議な力があると感じているのですが、その理由の一つに、人が手をかけて懸命に作り上げたものだということがあると思います。たとえば美しい器で美味しいお茶をいただくと、ふと気持ちが軽く、晴れやかになったりしますよね。そういう体験の積み重ねが、人の心を深いところで癒しますし、これからの時代、とても大切なことになるのではないかなと思っています。

気持ちに深く響く上質なものを
長く大切に使っていく時代へ

新しいラインナップの中で、西陣織のテキスタイルを使った椅子があります。この椅子は、本当にとても座り心地がいいんです。絹独特の触感が気持ちいいですし、帯地のつくり方をしているので、強度も耐久性も非常に高い。普通に10年、20年と使っていただけるものですし、生地が傷んでくれば、こちらで張り替えもさせていただきます。決してお安いものではないですが、一生と言わず、何代にもわたって使っていただけるような商品にしています。そして何より美しい。この美しさに気分も高揚していただけると自負しています。

活発に消費を続けるやり方から、気持ちに深く響くほんとうに良いものを長く大切に使っていくという考えに、時代は少しずつ、シフトしていくのではないかと考えています。糸を染める材料には生薬と同じものもたくさんありますよね。人工的な化学合成ではなく、自然の力や美しさを最大限生かして、良いものを作る。漢方薬と西陣織って似ている部分があると思います。自然の美しさは、心に働きかける力がとても強いと思います。ああ、綺麗だなと素直に心が動く。そういう感覚を呼び覚ませてくれるような商品を作りたいと常に考えています。

体をしっかりケアして、気分も明るく。
新たな展開への挑戦を続けたい。

今、細尾の父が弊社の会長を勤めていますが、自然染めにすごく没頭しているんです。染料となる植物を育てるところからやっていて、畑仕事から取り組んでいるんです。日本ムラサキ草や刈安(かりやす)、日本茜(にほんあかね)など、中には絶滅危惧種になってしまっているような植物の復刻に力を入れているんですよ。古代の色を再現したいと、反物を染めて、きものを制作したりしています。紫根染めは、それはもう綺麗な紫ですし、日本茜も深く気品のある赤で、ぜひたくさんの方に見ていただきたいですね。バイタリティに溢れて本当に元気なんです。自然の中での畑仕事も楽しそうですし、植物染めをするときに、植物を炊きますが、その香りや蒸気をいっぱいに取り込んで、漢方薬を飲んでいるような効果があるのかもしれません(笑)。

新事業の一つにスイーツの開発もありまして、中でも人気なのがマカロンなんです。じつはこのマカロンの色合いのベースになっているのが、山科家(やましなけ)という、京都で1000年以上続くお家柄で、天皇陛下の着付けをされるご一族の襲(かさね)の色目(いろめ)の見本帖なのです。装束を担えるのは、日本では2つのお家だけだそうで、その一つのお家の大切な色襲の見本帖をもとにマカロンに襲の色を用いているんです。襲とは平安貴族の女性の装いで、表と裏の色で季節を表すものです。その襲の美学をマカロンに生かしています。

それでお話を戻しますと、植物染めに没頭している会長が、当時の襲はもちろん植物染めのみで染めていたはずで、マカロンの素材にも植物染めの素材が使えないか?と提案してくれたんです。先日、橘(たちばな)の実を採ってきて「これでマカロン作られへんかな?」と…(笑)。でも、決して間違っている方向ではなく、むしろ、素晴らしいコンセプトとして、スイーツの世界に展開できるかもしれないと思っています。

植物の色で染めるということは、自然の命をいただくことにつながります。その命から紡ぎ出される色や香り、味、そして体への働きかけをお菓子に取り入れて、健やかに楽しんでいただけたら、素敵ですよね。ということで、今、パティシエさんと一緒にいろいろ試しているところです。生薬と同じで、食べられる染めの素材もたくさんありますので、お菓子で元気にきれいになれる、そんなスイーツをいつの日か、お目にかけたいですね。

いろいろ新しいことにチャレンジしながらも、軸足は「西陣織の美しさを伝えたい」というところからブレることは決してありません。私自身、西陣織が大好きですし、そのポテンシャルの高さから、可能性はまだまだ広がっていくと思います。西陣織の魅力を広く、多くの方に伝えていくためにも、自分が疲れて、気分が落ち込んでいてはどうにもなりません。お風呂や薬膳鍋を上手に取り入れて、疲れてきたら、漢方で早めにケアすることを、これからもきちんと続けていきたいと思います。

細尾多英子/ほそおたえこ

外資系企業のPR、マーケティング担当を経て、結婚を機に京都へ。海外の歴史あるブランドでの経験を生かし、夫の家業である西陣織「HOSOO」の企画や広報を担い、伝統文化を未来に繋げるべく、国内外に向けたコミュニケーションを行う。

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