STORIES "KAMPO with Me"

わたしと漢方

濱崎加奈子 公益財団有斐斎弘道館代表理事・伝統文化プロデュース連主宰

【後編】心身の不調から、体の声にようやく
耳を傾けることができるように。
葉擦れの音や鳥の羽音に
喜びを感じる瞬間を大切にしています。

撮影:石川奈都子  取材・文:郡 麻江  2019.12.23

 京都御所の西、有志、市民によって再生された「有斐斎弘道館」の館長として、館の運営を担う濱崎加奈子さんは、日々、京都の、日本の伝統文化を守るために奮闘しています。大学の准教授の仕事も兼ねており、京都と東京を行き来する生活で、休みもほとんど取らず、とうとう体を壊してしまいました。その後、ゆっくりと心身の回復をはかりつつ、仕事とオフタイムのバランスをうまく取る暮らしを意識しているそうです。「有斐斎弘道館」の数寄屋建築の空間や自然豊かな庭に、芯から癒されるという濱崎さん。前回に続いて、仕事、暮らし、健康、心身のケアなどについてお話を伺いました。

part2

自然と同調して
同じように呼吸をすること。

 私は着物が大好きでよく着るのですが、こういう絹織物はお蚕さんに包まれる感覚がありますよね。お蚕さんの命をいただいて着物を纏うことができる…。それこそ、お蚕さんと呼吸を一緒にしあうということであって、やはり、人は自然の中に生かされているということなんです。
 自然の循環の中に私たちはいて、生かされているはずなのに、その循環を感じ取れる場所が今は本当に少なくなっていると思います。自然の生き物として、呼吸がしにくい暮らしになっているんですね。私もずっと、ほんとうの意味で、ちゃんと呼吸ができていなかったように感じます。

 この弘道館は、木造建物で、ここに座っていると木や土の呼吸に包まれているように感じます。お庭の存在も大きいですね。お庭があることでこの建物がさらに生きてくるんです。草引きは重労働だし、夏には蚊にも刺されるし、秋の落ち葉拾いも大変ですが、庭があることが、もうどれだけ人間に潤いを与えて、癒しを与えてくれることか…。
 草を引いたり、落ち葉を拾うその場所、時間こそが、人の生きるべき空間であり、持つべき時間なのだと…。
 草を引くというのは植物の命を断つことです。でも、ふと命を意識することで、日本人は美の世界をかたちづくってきたのだと思います。自然を畏れ敬い、自然に学び、自然とともに呼吸をすることで、日本独自の美意識を育んできました。茶の湯などは自然の存在がないと成り立たない世界ですよね。

 お恥ずかしい話ですが、自分が長年、日本の美意識、伝統文化に携わってきたのに、今、ようやくそのことに気づいたんです。自然と真逆な暮らしを続けて体を壊したことでようやく…。
 実はその前の8ヶ月ほど、ずっと気持ちが悪くて、息切れもあって、かなり辛い状況で、もうあかん、もうあかんと思っていたんです。
 振り返ってみれば、本当にもうダメだという、すんでのところまで行って、本格的な病に倒れてもおかしくはなかったのに、体を立て直しつつ、今も仕事が続けられるのは、この場所、この自然豊かな弘道館のおかげかもしれません。

葉擦れの音に、鳥の羽音に
自然を感じ、自分を取り戻す

 今、私にはどういうときに自分を取り戻せるかという指標があります。それは、葉っぱの揺れを感じるということなんです。
 葉っぱの揺れを感じ取って、そのリズムに同調して、あるいは木の枝から鳥が飛び立てば、ふわーっと飛んでいる鳥に、ふわーっと同調するような感覚。その一瞬、自然に戻ることができると思うんです。
 風を感じたり、花の香りを感じたり。1日のうち、1週間のうちにどれぐらい、その感覚を持てるのかというのはとても大切だと思います。
 この「戻れる瞬間」が一瞬でもあると、すごく楽になるんですね。仕事に没頭しすぎて回りが見えなくなっている時に、ふっと正気に戻るというか…。
 普段、忘れていても、そういう瞬間を1日1度でも持つことができれば、人は大丈夫なのではないか?と思えます。自然本来の呼吸をちゃんと取り戻せるように思います。

 今までは食事も外食がほとんどでしたが、最近はご飯を炊いて、お味噌汁を作って、魚を焼いて野菜を煮て、というごく普通のご飯を作って食べるのが楽しみなんです。料理はもともと好きでしたが、忙しすぎて、作っていませんでした。今は、ああ、炊きたてのご飯ってなんて美味しいんだろう!って感動しています(笑)。料理をすることで、旬の野菜や魚に触れて、食生活から季節を感じる喜びを取り戻すこともできました。

自然を心身に取り入れて
健やかに楽しみながら、仕事を続けたい

 前回、香道こうどうのお話をしましたが、香りにも素晴らしい効能があるんですよね。
 たとえばドイツには代替療法としての香りの処方があって、医療保険が使えるそうですが、これはもともと中国や日本にもある香薬こうやくという考え方ですよね。
 人間の五感に働きかけるものは、人の心身に素晴らしい影響があるのでしょうね。漢方もやはりそうだと思います。漢方薬を飲むときにふわりと生薬の香りがする時があるんですが、それもきっと効いているのではないかなと思います。
 実はこれから考えていることがあって…。淇園と同時代の本草学の研究者、小野蘭山も御所の周りで塾を開いていました。そのご縁もありますので、この庭の奥に薬草園がつくりたいと思っているんです。最初はジャングルのようだった庭をここまで整備して、でも奥の方はまだまだ開墾しなくてはいけないないんですが…(笑)。
 たとえば1人、1苗の生薬を買っていただいてここに植えて、皆さんと一緒に草引きをしたり、世話をして、立派な薬草園に育てたいです。将来、生薬の講座なども開きたいですね。夢だけはどんどん広がります。また忙しくなりすぎないようにしないと…ですね。

 日々の些細なこと、自然の移ろい、そんな大切なものをきちんと感じながら、小さな喜びをそこに見出して、そして、自然の声、体の声にちゃんと耳を傾けて、自分を追い込むのではなく、健やかに、楽しみながら、これからも元気に仕事を続けていきたいと思っています。

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