STORIES "KAMPO with Me"

わたしと漢方

濱崎加奈子 公益財団有斐斎弘道館代表理事・伝統文化プロデュース連主宰

仕事に没頭する日々から心身の不調へ。
自然が与えてくれる癒しと力に
ようやく気づくことができました。

撮影:石川奈都子  取材・文:郡 麻江  2019.12.02

 江戸時代、京都御所の西に儒者・皆川淇園が開いた学問所「弘道館」。全国から三千人も及ぶ門弟が集い、私立大学の先駆とも言われていました。その由緒ある場所にマンション建設の話が持ち上がり、数寄屋建築の建物が取り壊しの危機に。その時に、有志、市民によって保護活動がスタートし、二百年の時を経て、日本の伝統文化を学べる「有斐斎弘道館」として生まれ変わりました。その館長として館の運営を統括しているのが、濱崎加奈子さんです。京都の、日本の伝統文化をどのように守り、次世代へ継承していくのか。日々奮闘する濱崎さんに、仕事、暮らし、健康、心身のケアなどについてお話を伺いました。

part1

重圧をはねのけて走り続けた10年間。
体がとうとう悲鳴をあげて…。

 私がここ(有斐斎弘道館)の保存活動を始めたのは11年前のことです。長く伝統文化を研究してきましたが、伝統文化の大切さをどう広めていくかは大きな課題でした。今、伝統文化の世界はさまざまな問題が起きていて、変な危機に直面しています。
 なんとかしなくては、私たちの大切な財産ともいえる伝統や文化が壊されていく危険性がある、一度壊されたもの、失ったものは二度と戻らないということを強く実感していて、現場という意味で言えば、最前線で戦ってきた10年といってもいいかもしれません。具体的には伝統文化の継承プロジェクトに参画したり、日本文化イベントのプロデュースや、有斐斎弘道館での文化講座、ベントの開催など、伝統文化の素晴らしさを少しでも多くの方に知ってほしいという活動を続けてきました。

 いくつものプロジェクトが同時並行して進んでいくので、この10年は休む暇はほとんどありませんでした。さらに、6年前から東京の大学で准教授として学生に伝統文化を教えるようになりました。スケジュールをやりくりして、週の半分は東京、半分は京都という暮らしを6年続けました。
 京都と東京を往復する生活で、睡眠や食事も不規則になりがち。さらに准教授としての仕事と並行して、下鴨神社や北野天満宮などの伝統行事の復興事業にも関わっていて、いま考えたらよくそれだけの仕事をこなしていたなと思うんですけれど…(笑)。
 実際、体も気持ちも疲れ切ってボロボロでしたが「しんどいと思ったらダメ」と自分で思い込んでいて、突っ走るしかなかったんです。食生活もひどくて、新幹線でもお弁当、大学でもお弁当、帰りの新幹線でまたお弁当の夕食を摂るような生活が続いていていましたね。

 そんな暮らしを続けていて、今年の二月にとうとう倒れてしまいました。頭がふわっとして、文字どおり、倒れ込んでしまって…。
 実はその前の8ヶ月ほど、ずっと気持ちが悪くて、息切れもあって、かなり辛い状況で、もうあかん、もうあかんと思っていたんです。
 でも「しんどい」と思ったら、そこで緊張が解けて倒れると思ったので、しんどいと思わないようにして、ハードな生活を機械のようにこなしていました。
 ちょうど春休みに入って、2ヶ月ほど、ただひたすら休んだのですが、結局フラフラなままで、この4月から大学の方は休職させてもらいました。

立ち止まって休むこと。
そうすればちゃんと自然は語りかけてきてくれる。

 休暇を取って、とにかくよく寝て、私、この時初めて、人生には「休む」という選択肢があるってことに気づいたんです(笑)。それまでの人生で、「休む」ということが自分の辞書になかったんですね。でも、いざ休むとなると落ち着かなくて、結局、うまく休めない状況が続いてしまいました。
 不調の原因を探るために、あちこち病院も行きました。メニエールじゃない?と言われて耳鼻科に行ったり、精神的なことが原因のめまいでは?と言われて心療内科にも行きました。最終的には「極度のストレスですね」みたいな話になりました。結局、よくわからないままです。
 さて、どうしたものか?と思っていた時に、偶然、知人から京都の漢方医のいる病院を紹介されて、漢方薬を処方してもらうようになりました。
 漢方には抵抗は特にありませんでした。というのも実家の両親が健康マニアで自然療法などへの意識が高い人たちで、玄米菜食や漢方も取り入れていたので、すんなり服用できました。
 この三月から漢方薬を飲み始めていますが、何かが急激に変わったとかそういうことはないですね。でも、気持ち悪さもおさまりましたし、以前は疲れが溜まると、すぐ頭痛がしたり、不調になったりしたんですが、症状が悪くなることもなく、体調を維持できているのは漢方薬のおかげかなと思います。

 漢方を飲み始めた時にかかりつけの先生からアドバイスされたことがありました。「1日3回とか処方箋に書いてあるけれど、それに縛られなくてもいいよ。飲めなかった時に、ああ、飲めなかったからダメだ、と自分を追い込むとそれがまたストレスになるからね」って…。それで、ものすごく気が楽になりました。私の性格を見抜いておられたのでしょうか(笑)。

オン・オフをようやく体得。
五感を取り戻す喜びに包まれて

 とにかく、最近は「休む」ということを意識するようになりました。たとえば以前は、1日に5つぐらいの仕事を並行して抱えていましたが、今は3つに減らすように心がけています。ほんとうにしんどいと思う時は、1つ出来たらいいわって思うことにしたんです。ゼロではないんですが(笑)、私にしたら大進歩ですよ。
 今は、できれば月に一度ぐらい、京都から離れて、温泉に行ったりしています。物理的に仕事ができる場所から離れて、温泉に浸かって、宿でゆっくり滞在してから戻るようにしています。
 そもそも、私、「オン・オフ」の発想がなかったんです、「それって何?」みたいな感じで…(笑)。
 でも「オフ」の時間を少しでも持つようになってから、それまで全くわからなかった「ストレスで胃が痛い」とか「頭痛がする」といった症状にも気づくようになりました。
 今まで、気づかないフリをしていたんでしょうね。いかに体の声を無視し続けていたかということ。体の方はおそらく懸命にしんどさを訴えていたと思うのですが、悲鳴をあげて倒れるまで気づかなかったんですから…。自分の体に、真剣にごめんなさいと謝りました(笑)。

 今はほんの少しの間でも「立ち止まれる」ことができるようになりました。立ち止まって休む。そうした時にふと自然の声って聞こえてくるんですね。
 たとえば、私は博士論文で香道こうどうを取り上げていて、香りの研究をしているのですが、聞香といって、香道では「香りを聞く」といいますよね。先日、ある聞香会の時に、久しぶりに素晴らしく良い香りを聞くことができたんです。嗅覚の感覚も狂っていたのが戻ってきたのかも?と思って、本当に嬉しかったですね。
 それから、もう一つ、最近、お抹茶を本当に美味しい!と感動しながらいただいているんです。お茶の美味しさもちゃんと感じることができていなかったように思います。本当の意味で、馥郁ふくいくたる一わんを楽しむ時間を持てることは、とても幸せだと思っています。

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