撮影:石川奈都子

2019.06.27

わたしと漢方

墨の一滴一滴、紙の一枚一枚に集中する なにかに集中することで他のことを遮断する それが健康にすごく密接なことなんじゃないかと思います

川尾朋子 書家

海外での創作活動も増え、京都を拠点にしながら国内外で忙しい日々を送られている書家の川尾朋子さん。古典に向き合いながらも、自身が文字の一部となる人文字シリーズや、英語を縦書きにする二十一世紀連綿シリーズ等を発表し、書の可能性を追求されています。学生時代に大病を経験したことがきっかけで、自分の体を意識し向き合うようになりました。「書道で使う墨や紙も、漢方薬と同じで自然からの恩恵です」と語る川尾さんに今回、ご自身のワークライフ・バランスや書道に対する思いについてお話をうかがいました。

ワークライフ・バランスと作品作り

書道を始めたのがちょうど6才の時ですが、実は漢方歴も同じくらい長いです。小さい頃に喘息の症状があったので、意識もしないうちから漢方薬を飲んでいました。陸上を始めたのがきっかけで喘息は改善されたんですけど、今度はアトピーが始まって。中学校も高校もアトピーが原因で半分くらいしか通えませんでした。高校2年生の時には半年ほど入院もしましたので。それくらい大変でした。アトピーは「奇妙な」という意味のギリシャ語が由来で、原因も治し方もまだはっきり解明されていない病気ですよね。その当時は、食生活や体のことを毎日勉強する時間がありましたので、母と一緒にいろいろな本を読んで調べたりしました。自分の体はどうしてこうなるのか、どうしたら治るのか、と。母がどちらかというと東洋医学で治そうという人なので、自然治癒力で治す方法を片っ端から一緒に探していった感じですね。その時に学んだことは私にとって大きいですね。今はだいぶ良くなっていますが、アトピーが私の体調のバロメーターになっていますね。身体が弱っているなっていうのがアトピーでわかる。かゆいって思ったら、最近は全然休んでいなかったなとか、仕事を少しセーブした方がいいかなとか。

今の私の生活パターンは、食べるか、書くか、寝るかのこの3つしかありません。それがある意味、ワークライフ・バランスになっています。以前は作品作りに没頭して、夜中まで書いていることもありました。でも、次の日に響きますし、結局は続きませんよね。無理をせずちゃんとした毎日を送ることで良い作品を作っていけるんじゃないかと考えが変わってきました。0時を過ぎると自分でもなにを考えているのかわからなくなりますし(笑)。夜は寝る、大事なことはもっと早い時間にやる、って感じですね! そして、食べることに関してはそれこそ母と一緒に勉強してきたことがあって、それが染み付いていますよね。自分の中にチェックリストがあって、お肉を食べ過ぎたから控えようとか、根菜類を食べていないから夜はたくさん食べようとか。キムチやピクルスなどの発酵食品も摂るようにしています。

墨の一滴一滴、紙の一枚一枚に集中する

2010年にこのアトリエを構えました。京都市内からアトリエまでの移動中にオンとオフのスイッチが無意識に切り替わりますね。ここに来たら書かないと、という気分になりますし自然とスイッチも入ります。ただ、このアトリエがすごく冷えるんです。夏は暑くて、冬は寒い(笑)。だから、アトリエには手作りの生姜ドリンクを持参しています。冷えが一番良くないことですから。それと、ダンベルをアトリエに置いているんですけど、作品を書き続けるために付けなくてはいけない筋肉がいくつかあって、加圧トレーナーの友人に教わって筋トレをしています。ピラティスも始めて体幹とインナーマッスルも鍛えています。書くことは即興的なところもあって、すべてが自分の思い通りに行くわけではありません。この線がこうきたら次の線はこうしようと即興がずっと続くようなイメージです。墨の一滴一滴まで神経を張り巡らせて全身で書いている感じです。紙の一枚一枚に集中して書くので、思った以上に疲れます。疲れをどうとるかも最近の課題で、入浴剤のバスハーブを入れて湯船に浸かるようにしていますね。寝る時は、眠りが深くなるように呼吸を整えながら寝るようにしています。自分の体を意識して、つま先から足首、ひざ、ももに向かって、、、など身体の部分を意識しながら呼吸をしていくといつの間にか寝ている感じです。

タイで体感した健康と密接なこと

今年の正月、タイに行って瞑想を学んできました。瞑想ってどういうものなのか体験してみたくて参加したんですが、それがむちゃくちゃきつかったです(笑)。まず、座禅を組んで呼吸に意識を向けることから始まり、次に2メートルくらいの間をゆっくり歩きながら往復するんですよね。足を空中にあげて踵を床につけるまでの一歩の間に6段階もあって、それを2時間やるんですよ。歩くことに全神経を集中させることで瞑想に近づいていくんですけど、それがすっごくしんどくて(笑)。ただ、こういう時間を作りたいなというのはこれからの目標としてありますね。いつもなにか頭の中で考えているじゃないですか? なにか一つのことに集中することで他のことを遮断するってことなんだと思いますが、いまは情報過多なのでなんでもすぐに考えてしまう。だから、30分でも15分でもすべて遮断して、呼吸だったり歩き方にだけ集中する。そういう時間がこれからの私には必要だなと感じました。でも、それが健康にすごく密接なんじゃないかと思います。空の状態にするとか、自分の体だけに集中するとか、私にとってもですがこれからの社会にも必要なことなんじゃないかなと思います。

自然からの恩恵を生かして

漢方薬が自宅に常備薬としてあって、なにか不調を感じたらすぐ飲むようにしています。土に帰っていくもので治せるんだと思うと、体にもすごく良いだろうなと感じます。葛根湯も飲んでいますし、胃がもたれているような時には六君子湯をすぐに飲むようにしています。六君子湯は、明の時代から存在していたようですね。中国や日本の歴代の偉大な書のスターたちの作品を模写することを臨書というのですが、もしかしたらその当時の彼らも六君子湯を飲んでいたかもしれませんよね。そういう想像をすると身近に感じて面白いです。書道でも、いにしえの書家たちと全く同じものを書いているのかなと思うとすごいなと感じます。書道には書き順もあって、そうした人たちが書いたものを追体験できます。こうやって書いたんだなって、自分が真似ることができるのが書道の特徴で面白いところでもありますね。

歴史を振り返ると、紙ができたのが西暦100年くらい、文字の歴史は約3,500年と言われています。漢方薬は、だいたい4,000年前に誕生したと言われているそうで、書の歴史より古く、文字がない頃にすでに存在していました。中国医学書で最古と言われている『傷寒論』にも漢方薬のことが記載されていて、ルーツがあるものは奥が深いですよね。それから、書道には文房四宝といって、筆、墨、硯、紙とあるんですが、全部自然の恵みでできています。書道をさせていただくときに、自然の恵みを使わせてもらっているんだなって思いながら書いています。漢方と書道には共通点があって、どちらも自然からの恩恵を生かして人類の歴史や文明とともに歩んできました。書道にも漢方にもそういった壮大さを感じますね。

川尾朋子/かわおともこ

書家。6歳より書を学び、国内外で多数受賞。2004年より祥洲氏に師事し、書の奥深さに更に取り憑かれ、”書に生かされている”ことを強く感じる。古典に向きあう日々の中で、代表作である「呼応」シリーズが生まれる。この作品は、点と点のあいだにある、空中での見えない筆の軌跡に着目したもので、見えないものを想像することをテーマとしている。近年は、自身が文字の一部となる人文字シリーズや、英語を縦書きにする二十一世紀連綿シリーズ等を発表し、書の可能性を追求している。

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