漢方の歴史

「漢方」の起源と発展

漢方医学は、中国を起源とする日本の伝統医学です。
5世紀頃に、中国から直接あるいは朝鮮半島経由で伝来した医学が、その後1,400年以上かけて日本で独自の発展を遂げたものです。
中国起源の伝統医学は、中国では「中医学」、韓国では「韓医学」と呼ばれており、起源は同じながら、漢方医学とは異なった医学体系を形成しています。
また、それぞれの医学で処方される薬剤は、漢方医学では漢方薬、中医学では中薬・中成薬、韓医学では韓薬と呼ばれています。

歴史を遡れば、漢方医学という呼称は江戸時代まで存在しませんでした。
しかし江戸中期に、従来の医学とは体系の異なるオランダ医学が伝来し、オランダを漢字で表記した、和蘭・阿蘭陀の略記蘭の字を用いて「蘭方」と呼びました。
こうしたことから両者を区別する必要性が生じ、従来の医学の主な古典が著されたのが漢の時代であったことから漢の字を当て、「漢方」という呼称が使われるようになりました。

ツムラの漢方の歴史

2018年に創業125周年を迎えたツムラの始まりは、明治中期に遡ります。
当時は明治政府が西洋医学一辺倒の制度改革を進め、医薬品の指定は輸入した化学薬品のみに限られていた時代でした。
漢方は衰退していたにもかかわらず、津村重舎はその復興を確信。
1893年にツムラの前身となる津村順天堂を設立し、中将湯(※)の生産と販売に力を注ぎました。

重舎が信じて疑わなかった漢方の薬効は、現在も多くの処方を通じて幅広い層の健康に寄与しています。

※中将湯:初代・津村重舎(現ツムラの前身・津村順天堂の創業者)の母方の実家・藤村家家伝の婦人薬に改良を加えて、1893年に婦人保健薬「中将湯」として発売。元をたどれば、藤原鎌足の子孫である中将姫が、奈良の当麻寺で修行していた頃にその処方を藤村家に伝授したと言われています。津村順天堂からツムラへと社名変更した後も、錠剤化した「中将湯ラムール」や、ビタミンを加えた「ツムラの女性薬ラムールQ」などを発売し、その伝統を守る活動は世紀を超えて続きます。
※中将湯は16種類の生薬から構成され、その構成生薬は四物湯、桂枝茯苓丸、人参湯の3つの漢方薬を基本に黄連、香附子、丁子、橙皮の4つの生薬を加えたものであり、産婦人科医の佐伯理一郎先生により、虚証と実証の両方に効くように改良したといわれています。